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 DOCUMENTARY 

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「お母さんの面倒は経済的にみられない。そう言われて追い返されたの」

ある女性がそう言って娘の写真を見せてくれた。彼女の名前はトレーシアンマ。今年で68歳になる。

彼女の夫は、娘が生まれてからまもなく他界したという。彼女は娘を育てるため、ココヤシの実を装飾品に加工する会社に勤め始めた。昼夜問わず働きながら娘を大学に通わせた。しかし、娘は大学卒業を機に都市部の生活を選択し、農村と母との生活を捨てた。それでも娘の帰りを信じ働き続けたが、長年の立ち仕事から半身麻痺になってしまった彼女は、二束三文で家を売り払い、この施設にやってきた。

 

ここは南インドケララ州コーチン。インド南西部の小さな町だ。その町の片隅にその施設は建っている。サンディマンディラム、現地の言葉で終の住処を意味する。

 

近年、GDP成長率が2年連続で7%を超えたインドでは、都市部の景観は大きく変貌を遂げた。道路沿いには店が建ち並び、メトロも走り始めた。だがその陰で、家族としての心の在り方も変わってしまった。

 

ケララでは伝統的に、親の面倒を看る代わりに、家や農地といった資産は未子が受け継ぐことになっている。

先祖代々の家や農地、それは年老いた親と新しい家族を守る為にあった。しかし最近ではそれらの資産を売り払い、都市部に新しい家を構える子供も増えている。だが都市部での物価の上昇率は大きく、2年前には1㎏あたり20ルピーで販売されていた米の値段は、1㎏50ルピーまで跳ね上がっている。支出が増加する一方で所得は増えず、都市部での生活を選択した若者には親を養うだけの余裕はない。親は農村部に取り残され、路上生活中に保護されるというケースも増えている。親と子供が助け合って生活をしてきた基盤は、経済という枠組みの中で壊れつつあった。

 

「毎日ラーマヤーナを読むの。子供たちもこの物語は好きで、よく読んで聞かせたのよ」

ラナータが施設に保護されたのは6年前のことだ。持病である狭心症の薬代、1500ルピーの支払いを拒否した子供たちは彼女を病院に置き去りにした。69歳になった今では足も不自由になり、一日の大半を窓辺の椅子に腰掛けて過ごしている。家族に捨てられた記憶、それは今でも彼女を苦しめる。しかし、それでも親として子供の幸せを願い、祈りを捧げる姿があった。経済成長という看板の下、多くの事柄は移り変わっていく。町の景観、家族の関係性、幸福の在り方。時代の流れに翻弄されて、最後にたどり着いた終の住処。その中で日々を過ごす彼らの姿を見つめた。

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© SAITO  KOYATA

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